金剛流今井家

 江戸後期・文化年間(1804~1818、徳川11代家斎の頃)から続く金剛流最古の職分家。

初代今井勘五郎より代々京都の金剛流シテ方として、禁裏御所にて御能御用を勤めていた。

また阿波藩侯蜂須賀家のお抱え能役者として認定され、流儀に重きをなして来た。

【今井家系図】

(初代)勘五郎――(2代) 初世幾三郎――(3代)栄次郎―

(4代)幾三――(5代)二世幾三郎――(6代)清隆――(7代)克紀

 


金剛流の由来

 能楽シテ方の流派。大和猿楽四座の一つで、古来より法隆寺に所属した「坂戸座」が源流。坂戸孫太郎氏勝を流祖とする。

中世を通じて奈良興福寺の法会や春日若宮の神事に奉仕した。世阿弥時代の役者として「松」「竹」などの名が『申楽談義』に記されており、
中でも金剛権守は「嵩(カサ)ありし為手(シテ)」とその重厚な芸風によって高い評価を受けた。
 
 以来、「鼻金剛」と呼ばれ、豪快な芸風で名高い金剛氏正や「土蜘蛛」の千筋の糸を考案した金剛唯一などの数々の名人上手を輩出した。近代の名人と称えられた金剛謹之輔や初世金剛巌は殊に名高い。現在は第26世金剛永謹が流儀を率いている。従来から定評のある「舞金剛」と呼ばれる華麗で躍動的な芸風に加え、御所風とも呼ぶべき雅やかで優美な舞いぶりが大きな魅力である。
 また禁裏御所のそれを模した能舞台や、太閤秀吉ゆかりの「雪の小面」をはじめとする能面の名品の数々、孝明天皇より拝領の能装束など、由緒ある文化財を間近に観ることが出来るのもこの流儀ならではの楽しみといえよう。